ゴー宣DOJO

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大須賀淳
2025.1.29 10:27その他ニュース

文春の所業を再掲

昨年の5月に開催された第115回ゴー宣DOJO「週刊文春を糾弾せよ!」に前後するなどして、私も文春への批判記事を何本もアップしてきました。

 

中居正広&フジテレビの騒動の中で、騒動の根幹をゆるがす誤報を週刊文春が「しれっと」修正した事に大きな批判が集まっていますが、これまでの週刊文春の所業や体質を見ると「当然の帰結」と感じます。

 

今回は、ぜひ今読み返して頂きたい過去記事7本のリンクと概要を掲載します。

 

文春の暴走は「皇室キャンセル」へとつながる(2024.4.30)

日本におけるキャンセル・カルチャー体質蔓延における最大の危惧は、それがいずれ「皇室キャンセル」につながる(既につながり始めている)事にあります。週刊文春を含めた文藝春秋社は、過去に最も多く宮内庁からの抗議を受けている、皇室バッシングの急先鋒。極めて「公を損なう」存在と言えます。

 

「権力者によるハラスメント」の所在(2024.3.5)

文芸春秋総局長・新谷学のコメントから、文春は松本人志に関する騒動を、刑事事件として立証するのは不可能としっかり認識した上で報じていたのが明確になりました。これは「法を超えた私刑への協力宣言」であり、「マスコミという権力者による加害・ハラスメント」そのものです。

 

春と「覚悟なき過激」(2024.4.29)

文藝春秋社は、早々に廃刊となった写真週刊誌に「Emma」(エンマ)という誌名をつけていました。ある種露悪的な覗き見根性に開き直った写真週刊誌の中で「死者が生前に犯した罪を裁く絶対的な存在である〝閻魔大王〟」の名を冠するという「上から」のネーミングですが、実態は事件・事故での遺体写真を積極掲載するという、ゲス路線まっしぐら。その割に覚悟がなく、批判されると即廃刊に。

 

「元文春記者」と〝正義〟(2024.5.2)

記者時代にゴー宣DOJO(当時は道場)周りにもゲスな取材をかけた上で醜態をさらした赤石晋一郎。独立後も「元文春記者チャンネル」という古巣の威を借りたYouTubeチャンネルで商売するダサい奴ですが、その発言や振る舞いは欺瞞と独善に溢れています。

 

週刊文春への「違和感」の正体(2024.5.25)

「文春砲」などと自惚れる週刊文春も、文藝春秋社の「メシのタネ」である「作家」の人格批判やスキャンダルはタブーと元編集長も吐露。その代わりに、皇室や、他ジャンルの文化を貪り食い散らかしながら生きながらえています。

 

週刊文春「ご寄付のお願い」(領収書なし)をどう見るか(2024.5.23)

週刊文春は、電子版の購読料などとは別に「ご寄付のお願い」としてカンパを募っているのですが、なんとその寄付に対しては領収書が出ません。「報道機関」を自称する企業がこんな曖昧な寄付なんか募って、金銭にまつわる社会的問題を公平に報じる事が本当にできるのでしょうか?

 

ここまで挙げてきたように、週刊文春という媒体とその周辺には、他のメディアよりも一段深い欺瞞や闇が存在しています。その中でおきた今回の誤報に対し、しっぺ返し的に大批判が巻き起こっていますが、それも「自業自得」であると感じさせるのがこれ。

 

では、「週刊文春」は日本に必要か?(2024.5.19)

かつて、週刊文春の臨時増刊として「『朝日新聞』は日本に必要か」というムックが出版され、朝日新聞による慰安婦についての捏造報道を糾弾しています。

 

しかし、ついに「『週刊文春』は日本に必要か?」と大きく問われる事態となりました。

 

そして今度は、絶対正義の御旗の下に狂ったようにフジテレビをリンチしていた者たちが、週刊文春に対して八つ裂きにする勢いで襲いかかる光景が繰り広げられるのでしょうか?

大須賀淳

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テーマ: ゴー宣DOJO in大阪「天皇は双系が伝統である!」

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